本日、東京地裁で、ライブドア元社長の堀江貴文(ホリエモン)氏に、懲役2年6月の実刑判決が言い渡されました。
今回の事件を通じて、リスクマネジメントおよびコンプライアンスの観点から、独自の分析を試みてみます。
まず、資本市場とは、それ自体が目的ではなく、社会の発展のための仕組みです。つまり社会の「道具」であるといえます。
資本主義に組み込まれた事業会社は、事業そのものの道義性については、今後もより厳しく問われていくことになると思います。
一方、事業そのものではなく、それがペーパー化された資本市場は、取引自体の道義性を問うことはほとんど無意味で、ゲームと同じでルール内での創意工夫を最大限に発揮して妙手を繰り出すのがプロフェッショナルであるということになります。つまり、この「市場」内ということに限定して考えれば、ルールを最も自分に都合よく利用して最大の利益を上げる者が勝利者となります。
たしかに、同義的な行動を行うことが全く意味がないかと問えば、決してそうではありません。たとえば、持ち株を時価よりも大幅に安く売却し、多くの者に利益を与えることがあれば感謝されることでしょう。
しかし、本来の市場というのは善意を必須とする場ではないのです。狡猾に利益を追求する者が勝者となります。そういう意味で、実態社会とはまるっきり異なる世界であることを理解しなければならないということです。
ただし、ルールを守るということは、市場において唯一かつ絶対に求められることです。ルールが守られなければならないし、ルールに明確に違反していればペナルティなり退場させられなければなりません。しかし、その線引きは明確でなければなりません。サッカーで例えれば、フィールド上の選手は、ボールをキープする相手チームの選手に対して、ボールを奪い取るためにファールにならない程度でアタックしなければなりません。そうでなければ消極的であると評価されてしまい、以後の試合に出場できなくなるでしょう。とても心優しい選手がいたとして、最近成績が思わしくない相手チームの選手にチャンスを与えるためにボールを渡してしまったら、どうなるでしょうか。ボクシングや相撲の世界も想像していただいたら、これ以上の説明の必要はないでしょう。
しかし、審判から反則をとられては損をしてしまいます。つまり、その境界線ぎりぎりのところで、いかに知恵を発揮するのが勝敗の分かれ目になります。
もし、道義的な行動をルール化するとどうなるでしょうか。たとえば、サッカーでゴールが決まると、次のプレイは得点を取られたチームのキックオフで始まります。このように、明確で客観的に適用できるルールを作っておけばゲームは成立するし、面白くなります。
したがって、堀江貴文元社長が繰り返し主張しているように、ルールを変更していくべきだという主張もそれなりの論拠があるといえます。
しかし、現実には彼はゲームの敗者となりました。彼の最大の失敗は、現実の事業分野で製品・サービス提供において実態が薄かったため、バーチャル世界である資本ゲームでの勝敗が現実の事業そのものに極めて大きな影響を与えてしまったということでしょう。
そういう意味で、ライブドアの事業形態そのものがリスクの高い構造となっていたといえます。ライブドア事件の逮捕とそれに続く裁判は、ライブドアの事業のリスク構造が、顕在化される引き金(ペリル)になったと見ることもできます。
大規模地震が発生して建物が倒壊する例をとれば、地震の発生が引き金となりますが、耐震性の低い建物の構造そのものがリスクであるといえます。リスクマネジメントに取り組む場合、地震の発生に注意することも必要ですが、それよりも建物構造に注目して対策を立てておくことも大変重要なポイントになるというわけです。