権限と責任とが不均衡であるために不都合な状況が生ずることの一つに、スポーツでの誤審があります。過ちを含めて人間が審判をやるから、スポーツの醍醐味があるという向きもあります。しかし、選手たちは全精力を傾け、ときには人生をかけて競技に臨みます。そこでの誤審は、選手の努力や人生を軽んずる結果を導くこともあります。したがって、誤審を「人間のやることだから」と軽く考えることは不適切です。
「審判は絶対」というフレーズにも共感できないわけではありません。審判の判定が簡単に揺らぐようでは、競技そのものが不安定になってしまします。過ちがあった場合にどいういうタイミングで正すかということは負けず劣らず重要事項です。
ビデオ判定など可能な限り正確な判定を目指すべきです。ビデオ判定に消極的な種目では、「試合の流れを途切れさせない」という大義名分を掲げつつ、実のところはミスをした審判を庇おうとする意図を感じます。この意図がかえって審判を無責任へと追いやり、深刻な誤審を招いているかもしれません。
競技中に審判の判定を覆さないのであれば、事後検証をしやすい仕組みを作り、過ちであったことが事後に判明した場合には責任を取らせることによって、審判の正確性向上が期待できます。また、審判の主観や裁量の余地が大きい種目では、競技当事者が評価点数をつける方法も効果があると考えられます。